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浦和地方裁判所 昭和32年(ワ)198号 判決 1958年10月13日

青木農業協同組合

事実

原告青葉興業株式会社は請求原因として、被告青木農業協同組合の参事であつた飯塚市郎は代理権に基いて昭和三十一年八月十三日振出人を被告組合理事組合長伊田惣八名義とする金額百万円の約束手形一通を平和興業株式会社宛振り出したが、原告は右平和興業株式会社から支払期日前に本件手形の裏書を受けて所持人となつたので、その支払期日の翌日支払場所に本件手形を呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶された。よつて原告は被告組合に対して本件手形金百万円及びこれに対する完済に至るまで年六分の割合による利息の支払を求めると主張した。

被告は答弁として、被告組合の参事であつた飯塚市郎が原告主張のような約束手形を振り出した事実は認めるが、同人が被告組合を代理する権限を有した事実は否認し、本件手形は被告組合を代理する権限のない飯塚市郎が当時の理事組合長伊田惣八名義を冒用して振り出したものであると述べ、更に仮定抗弁として、飯塚市郎は被告組合の参事として被告組合理事会の決議を経た事項に限り業務執行の権限を有していたものであつたが、昭和三十一年四月二十六日被告組合理事会の決議を経ることなく、無権限のまま被告組合長名義をもつて平和興業株式会社の製造する殺虫剤五万本を代金四百万円で同会社から買い受ける契約をなし、その代金の一部の支払を確保する趣旨で同日額面百万円なる約束手形一通を振り出したのである。しかしその原因関係となつた右売買契約は前記のとおり飯塚市郎の無権代理行為による無効のものであつて、被告組合は契約上の責任を負わないものであるから、平和興業株式会社に対しては右原因関係の欠缺を手形抗弁として主張できるところ、原告会社代表取締役川島照三は、原告会社が本件手形を取得することにより被告組合が右抗弁を主張できなくなることを知つて本件手形を取得したもので、原告はいわゆる悪意の手形取得者である。よつて被告組合は原告の請求に応ずる義務はない、と主張した。

理由

飯塚市郎が本件手形を振り出すについて権限を有していたかどうかについて判断するのに、本件手形振出の当時右飯塚が被告組合の参事をしていたことは当事者間に争いがない。ところで農業協同組合の参事の権限については、農業協同組合法第四十二条第三項により商法第三十八条第一項、第三項の支配人の代理権の規定が準用されているところであるから、飯塚は、被告組合理事組合長に代つてその営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限を有していたものと解することができるところ、被告組合において特に参事の法定の権限に制限を加えているかどうかを見るのに、被告組合は定款第三十八条において「参事は理事会の決定により組合の名において行う権限を有する一切の業務を誠実に善良なる管理者の注意をもつて行わなければならない」と規定し、同じく定款第三十四条第一号は理事会の決定すべき事項として業務執行についてはその方針について決定すべきものとし、他に特段の規定をしていないところからみると、その方針に基く具体的、個別的な業務の運営はすべて執行機関及びその代理機関に任せていたものと解するほかはないから、参事の権限について規定した定款第三十八条は、業務の執行について理事会の定めた方針に基いて権限を行使せよという趣旨に過ぎず、特に参事の代理権を制限したものと認めることはできない。

証拠によれば、飯塚市郎は、被告組合において被告組合組合長の印鑑を常時自由に使用することができる状態にあつたことが認められるから、被告組合のために法律行為をなすにあたつて必ずしも代理人としての自己の氏名を用いず、直接組合長名義を用いることも許されていたことを容易に推認することができる。そうすると、本件手形を振り出すにあたり、飯塚が代理人としての自己の氏名を用いないで直接組合長名義を用いたとしても代理行為として適法であつたものと認められる。よつて本件手形は、飯塚によつて偽造されたもの、或いはその無権代理行為により振り出されたものの何れでもないといわなければならない。

次に被告は、手形上の悪意の抗弁を主張するのでこの点について判断するのに、前段認定の如く、飯塚市郎は被告組合の業務について包括的にこれを代理する権限を有していたのであるから、被告主張の平和興業株式会社との殺虫剤の売買契約も被告組合のために無効であるということはできない。従つてその余の事実について判断するまでもなく被告の悪意の抗弁は理由がないものというべきである。

よつて被告は、原告に対し本件手形上の債務を負担する義務を有することは明らかであるから、原告の本訴請求は理由があるとしてこれを認容した。

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